人は立場や役職で人格・性格が豹変する。その時どう動くか

人は立場で性格が変わる

うわあー!こいつ変わったなー!

最近も思ったことです。変わっちまったな〜って思いました。

 

いい意味でとか、悪い意味でとかはちょっとわかりかねるのですが、明らかに前とは違うことだけはわかります。

変わった理由はどこだろう?と思ったら、あー最近こいつ役職ついたんだー!ということに気がつきました。

 

人は立場で人格や性格が変わるんだなー、あ、そういえば私も変わった時期がありましたわ。笑

変わった人への対応をどうするのかを考えたい。

 

人は立場で性格が変わる

 

人は立場で人格・性格が変わります。

え!?それって本当なの!?いやいや本当ですよ。

スタンフォード監獄実験って知っていますか?調べるとたくさん言論や実験内容が出てくると思います。

おそらく書籍もあります。

 

内容としては、被験者21人の内、11人を看守役に、10人を受刑者役にグループ分けして、実際の刑務所のようにして、疑似体験をさせた。

 

恐ろしいことに、看守役は「看守」と言う権力を持ったがゆえに感情に歯止めがきかなくなり、命令をしだし、最終的には暴力を振るうようになる。

「エス」と言う映画を10代の頃に見て、衝撃が走った。

まさかとは思うのだが、確かに立場は人を変えるし、権力は人の理性のバランスを崩させる。

 

言いたいことや感情はあるけども、歯止めをきかせているのが立場。

とも言えるし、

そもそも立場や権力を持っているから、感情を増幅させてしまっている。

とも言える。

 

どちらが正解なのかは書籍を読まないとわからんぬ、なので、許してほしい。

 

役職がつくと人の性格は変わる

 

A=B、B=C、C=A

というような論理を三段論法と言いますが、あまりこの手法は好きではありません。

別ジャンルの解説をするときに、あまりにも無理な論証なので、論理破綻しているにもかかわらず、相手が納得してしまう時があるからですねえ。笑

 

なので、スタンフォード監獄実験ももともといた人たちの属性がわからないし、監獄であったからとも言えます。

 

だけども、私は役職は人を変えると思うのです。

実際に私が働いていた会社での出来事です。

 

私には仲良しの同期がいた。女性だったのだが、男女という性の艶かしい関係もなく、男女の壁というのも仕事上はなく、仲がよかった。

昼飯もよく一緒に食べた。

が、ある日、彼女は私よりも先に役職がついた。出来る事が違うということもあったが、彼女には人をまとめる力があった。

私には極端にない能力。笑

 

彼女は役職について、私は素直におめでとう!と思っていた。

彼女は次第に変わっていった。前は笑顔で笑いながら頼んでいた仕事も、モノを投げるかのような頼み方になった。(これは私の主観、みなさんの過去を照らし合わせてイメージをしてください)

それでも、気にはしていなかったが、次第に感情をあらわにして、怒り出すようにもなった。

頼むから次第に命令にも口語が変わっていった。

 

そのことを私は匂わせかのように伝えるだけ伝えて、結局は職場は離れてしまった。

私的には、ベンチャー気質もある会社だったので、強い女性でいた方が安心だろうなーとも思ったので、変わらないでいいとも思ったいたから、

特にいやな対応を最近するようになったな!なんてことは一言も言わなかった。

 

他にも例はある、これは私の例。

学生の内から営業とリーダーポジになり学生を見下す

 

私の痛々しい体験です。

学生の内から東北から東京に出稼ぎにいっていたので、営業をして、成績はまだまだでしたが、インターン生をまとめるようになりました。

初めての管理経験、目標進捗確認や、業務の全てを私が教えていました。

 

つかの間の東京での仕事が終わると、地元へ夜行バスで帰る。

週に2回の大学生活です。

 

そこで周りとの会話に非常にギャップが生まれる。

○○がしたいと思ったら、即実行する。悩んでいる時間がもったいない!

と普段から働いている時に思っていたので、学生の愚痴に付き合えなくなった。

私は皆を見くだし始めた。

 

今思えば、子どもには子どもの本文。学生には学生の本文、社会人には社会人というように立場によって、やり切るべきことというか、めいいっぱいやっておくべきことがある気がする。

それらをやり切ることで、満たされ、成長し、次のステージへいける。そんな抽象的なイメージが出来る。

現に子どもの頃にめいいっぱい甘えられなかった子どもは愛着障害といって、依存体質になったり、暴力的になったりというケースもある。

 

だからどちらが偉いとかではなくて、そういうステージを現在攻略中なのだ。

そして自分がどこでつまづくかわからないのだから、やはりどちらが早いとかもない。

 

例えば、ゲームのRPGをイメージしてほしい。

ステージをクリアするのは早い遅いがあるが、ちゃんとやっていれば、クリアできるようになっている。

そういうもので、どちらが早いとか、遅いとかはあまり関係がなく、クリアした後に次は何をしよう?

という選択肢が同じく待っているだけなのである。

 

この例はかなり下手くそだったので、あまり気にしないでいただきたい。笑

 

見下すという行為の残虐性

 

昨今では、コミュニケーションとして、直接的なものではなくて、ネットを媒介として会話ができるようになり、間接的なコミュニケーションが可能となりました。

媒介が増えると、自分に攻撃が跳ね返ってくる可能性も減るために、少し強くいう人も増えた。

その分、人を見下すという行為をする人も増えて、見下され逆上して、ブロガーが殺されるなんて事件も起きたくらい。

 

見下す行為が残虐というのは、イメージができる。

見下すとは、聴くに値しない、見るに値しないということ。

人が一番嫌うことは、「無視」をすることであるというのを誰か?どこか?で聞いた気がする。

そういえば、私も無視をされるのは悲しいし、好きではない。

 

と、なると、人を犯罪にまで走らせてしまう、「見下す」行為はいたるところで起きている気がする。

 

職場。

家庭。

就活。

お店。

 

自分の物差しで人を判断して、見下す。

これが連鎖する限りは、また事件が起きてしまう気がする。

 

よその芝生は青く見える。

同様に

よその芝生は黒くも見える。

ものである。

 

自分のことを棚にあげて、人を批評するものではないと思うのだが私もよくやってしまう。

人の性というものでしょうか。

気づいた時に治していきたいです。

 

立場で人が変わってしまった人がいたら、優しく包み込む

 

もしも立場で変わってしまった人がいたとしたら、優しく包み込むしかないでしょう。

 

優しく包み込むとは、激しく抽象的ですが、言い返さず、よそにも跳ね返さず、ぐっとこらえて気づいてくれるのを待つしかありません。

母親が反抗期の子どもに対してぐっと堪えるしかないような感覚ですね。

 

もしくは、真っ向からバトルするしかありません。

「おまえのここが気に食わねええんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

どちらかというと私はこっちだったりします。

 

男なので、殴り合ったり、罵声を浴びせあって、心のアクをとったならなんとなく仲が良くなっている気がするんです。

なんとなくですけどね。

それに待つのが苦手なんですよね。

 

しゃべる行為ってゴミを出す行為と同じだと思っています。

相手が受け止める器ができていない時の言葉は、ほぼゴミ。

でもしゃべる人っていますよね。これがいわゆるKY(空気が読めない)ってヤツです。

 

待つ、聴く

というのは普段できる人の行為で一番難しいものだとずっと思っています。

ずっと難しいということは、ずっとずっと思っているよりずーっと大事なことだということだとも思います。

 

まあ、待ちませんけどね!

 

まとめ

 

人は立場や役職で人格や性格が変わっちゃうよね〜っていうお話でした。

ここがポイント
  1. スタンフォード監獄実験を見てほしい
  2. なぜ変わるのかは不明!
  3. もしも、出会ったら、そっと見守る
  4. 待つが一番大変な行い

待てる人間になりたいものですけど、まだちょっと先になりそうです。

何より、自分自身が見下す人間にならぬように、立場がある人は自分を顧みたほうがよく、こうして記事を書く私もまた常に顧みるべきだと思います。

刺されてからでは遅いから。

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