根拠なき自信の持ち方、危険はあるか?うまく付き合えば武器になる

根拠なき自信

根拠なき自信はあったほうがいいとか、ないほうがいいとか聞くけど、ぶっちゃけどっちでもいいよ!

っていう話です。

なんつー暇人な記事なんだろう。

成功者が皆根拠なき自信があったとかいうけど、多分そんなことないですよ。

根拠なき自信があったわけではなく、悩む暇を作らなかっただけです!

 

というわけで!

根拠なき自信について。なぜ必要なのか?あったほうがいいの?どうやったら身につくのだろうかというのを自分では実践ができないので、考えてみました!

ぶっちゃけ、根拠がないのに自信があるってのは、丸ごとごそっと崖から落ちる可能性もあるので、危険性もはらんでいます。

うまく使って武器となるように、使いこなせるといいな〜。

では、レッツゴー!

根拠ない自信とは

昔から根拠なき自信があると怒られることもあり、逆なでしてしまい、タコ殴りにされることもあった。

でも私の根拠なき自信は折れることを知らず、新卒では1年目でまずまずの結果を出せた。

転職してからも、根拠なき自信は営業でもあるが、人に頼られてしまうという副作用を発生させた。笑

何をしていても、なんだかやれそうなきがする。いると頼りになる。

いつの間にか言われるようになっているが、根拠なき自信とは不思議なものである。

 

なんとなくわかってはいるけども、今一度言語化させてみよう。

 

根拠ない自信とは何かという面倒っちい定義を先に決めておきましょう!

後から、どういうこと?って言われないようにね!大事!

 

根拠なき自信とは、

 

根拠がない=なぜだか説明はできない

+

自信=自分を信じている

 

なぜだか説明はできないが、自分を信じている

 

上記を根拠なき自信と呼ぶことにします。異論は認めます。

 

自分を信じているというのが難しいので、もう少し深堀をします。

使うシーンをイメージすると、何か達成をしようとするために行動するときに使っている気がします。

 

営業で言えば、目標達成のためにとか

スポーツで言えば、大事なシーンでのバッターボックスとか

テストで言えば、試験とか

 

それら、達成の対象に対して

説明はできないけれど自分はできると信じていること

ってわけですね。

 

別の言い方をすれば、

理想通りに、現実の自分を動かせるかどうか

イメージ通りに実行ができるかどうか

とかも、ほぼ同義だと思います。

 

根拠なき自信はなぜ必要と言われるのか

根拠なき自信はなぜ必要と言われているのでしょうか。

こればかりは、私は必要だと思ったことがないので、空想でございます。

 

多分ですが、行動をする前に、悩む、考えるという余白がありますが、

その余白が長い人が存在します。

不安であったり、恐怖であったりですね。

 

この不安や恐怖を超えて行動するためには、

動機が必要です。やる動機ですね。

明るい未来だったり、恐怖からの逃げであったり。

 

ですが、動機だけでは乗り越えられない。本当に私はできるのだろうか。

そんな考えが浮かびます。

根拠なき自信があると考え尽くしたあとに、よし!俺はできる!と思え

行動にうつしやすくするためだと考えます。

 

結果考えるだけ考えたら、あとはやってからじゃないとわからない領域なんですよね。

だから考える、悩む時間が非生産性になっちゃうんです。

しかも、今は世の中の動きが早いし、市場を狙うとかであれば、気づけば時代がすぎるなんて可能性もでちゃう。

自信があると希望が生まれる

他の理由として、自信があると希望を強く持つことができます。

希望がない中で行動するのは苦しいものです。

フルマラソンの距離を知らされずに走らされているのと同じです。

一体いつまで走るんやねーん!って思いますよね。

 

希望はゴール、目標、光です。

どこまで行けば、何が待っているのか、自信があると強く見ることができると仮定します。(根拠薄弱だな、スンマセン)

希望があると、気持ち、モチベーション(って言葉は使いたくないけど)が維持されます。

 

なので、行動に対してのパワーがでますよね。いわゆる高いパフォーマンスを発揮できる確率をあげるってやつです。

ノンビーリノホホーントやったほうがいいものもあるでしょうが、自分の能力を全力発揮できたほうが、そりゃあ気持ちいし、いいわけでして。

やはり自信があったほうが希望も強く持てるためにいいんでしょう。

根拠なき自信は必要なのか

根拠なき自信は必要なのか!?

おー面白い問いですよね。

 

極論、んなもん、いらない!って成功する人ならいうと思うんですけどね(成功ってなんやねん)

根拠なき自信が必要ないってのは、この後お話します。

 

もしも根拠なき自信がなかったとしても、不安でも恐怖でも打ち勝つ勇気さえあれば確かに前へは進めるでしょうし、

なぜそこまで必要とされているのかがわかりません。

 

だけども、経営者の方も気にされたりしますよね。

一挙手一投足で何百人、何千人の人を見ていたら、簡単に決断できない時もあるでしょうから、

そんな時は、根拠なき自信がビンビンに感じる方を選んだりするのかもしれません。(わしは知らん)

 

現に占いをして、自分で自分の背中を押す経営者ってのは珍しくないですもんね〜。

根拠なき自信は必要ない、暇なだけじゃないか説

根拠なき自信は私は必要ないと思いますが、なぜだか説明しますね。

だって、そんなん、暇だからじゃん!(どーん!!)

(決まったなー、ドヤ)

自信が云々と言っているうちは、まだ花ですよ。

イメージして欲しいのですが、(いつもながら、極論の例をあげます)

不謹慎ではありますが、地震がおきるとします。後ろから津波がきますよね。

逃げないといけません。そのタイミングで、

「逃げれる根拠なき自信が俺にはあるだろうか!(´Д` )」

って考えますか?考える人もいるかもしれませんね。そしたら、あなたはジーニアスです!乾杯

 

追い込まれている人は自信があるないなど言っている暇がない

 

これにつきます。だからここまで読んできて、ハッ!と気付いたでしょうが、(私も書きながら気づきました)

そもそも根拠なき自信などクソほどどうでもいいので、偉そうに語る奴も、そういった考え方もくしゃくしゃに丸めて、シコティッシュと一緒にゴミ箱にポイしちゃいましょう。

そう。

根拠なき自信とは

存在しないものであり、状態であったのです!!!!!

サイヤ人状態をイメージするとわかりやすい

シューンシューンシューン

根拠なき自信を持っていると危険が多い説

根拠なき自信を持っていると危険、と言われることがありますが、

まあ、あながち間違いではありませんが、

おそらくそれは根拠なき自信っていうか、ただの楽観的…笑

 

自分でもできなさそうなことを引き受けてしまったり、

やったことがないのにやりますって言ったり、

計画を立てていないのにもかかわらず、できると思っちゃったり

 

根拠なき自信と楽観的はどこが違うのかって、

根拠なき自信は、目標達成のために、最善の努力をした上で、最後の押しとしてよし!となりますが、

楽観的は、別に何もしていないし、まさに根拠なき自信でよし!となっている感じです。

 

極論別にどっちも同じっちゃ同じですけどね。笑

 

でもいいんじゃないですかね。

やりまくって失敗したほうが覚えるのが早いです。

 

そもそも、根拠なき自信タイプは我が道いくタイプで、他人からの助言を聞き入れない人が多いと

私は勝手にヒモ付けているので、勝手にやらせて、痛みを味あわせたほうがいいです。

 

なんせ私がそうだからな!

(死ななきゃいいよ。何やったって。迷惑かけるって言われても、全部自分に降りかかってくるわけだし。ちゃんと感謝と謝罪はしたほうがいいけど)

根拠なき自信の持ち方は

根拠なき自信をいう言葉を先ほどゴミ箱に捨てましたが、話がややこしくなるので使い続けます。

根拠なき自信とは持つものではなくて、「状態」をさしますが、どのようにして、その状態になるのでしょうか。

答えは簡単、暇をなくせ!

オーラーオラオラオラロアロアロアラオアロアラオラオラお!(今年で一番辛辣なタイピング)

悩むというのは、緊急性の強い考えることがない時に起こりますよね。集中力の欠如です。

この状態では、まだ根拠なき自信(サイヤ人)にはなれていません。

だから一番簡単な方法は、やはり、身近なクリリンを殺すことです。


身近に似ている人がいたら、ぜひ。ちょっと死んでくれないかと頼んでみましょう。多分断られます。

話は戻り、

まだ追い込まれていないのだから、根拠なき自信をもしも持ちたいのであれば、

暇が多いので、時間管理して追い込みましょう。

 

時間管理は結構難しい

自信云々と抜かす人は時間管理ができておらず集中できていない可能性があります。

便意が激しい時に、自信があるとか考えませんからね。だから追い込めって、追い込むというか集中できる環境があればいいです。

別に便意我慢しろとかそういう話じゃありません。

 

自分の1日でなすべきことをもう少し管理した方がいいんですね。

午前中にすべきこと、午後にすべきこと、成し遂げたいこととか。

それ以外のことはそのこと以外やらないほどに徹底をするんです。

 

時間管理方法については、私は専門外!(てへぺろ)イラっとしないで

今度また別記事で書きますが、時間管理は本当に苦手です。

 

言うのであれば、携帯は切るとか、時間を決めて書くとか、している時期もありました。(今はしていないのばれる)

 

フリーランスが一番危ない

個人差がありますが、フリーランスの人よりも、サラリーマンの人の方が、時間管理はしっかりしていて、考えも思慮深い場合が多い気がします。

私の見解だけども、名だけフリーランスほど、生産性のない人間はいないと思っているし、時間管理がクソ下手くそです。

意味ないことしまくりチョフで、そのままサラリーマンに戻ります。(あー自分を痛めつけている感覚。気持ちいい)

 

根拠なき自信とは違って、自信の積み上げ方は自分との約束を繰り返し守るしかない。

小さな約束の積み上げです。

フリーランスは縛られることもないから、必要性のない、意味のない、生産性のないことをどれだけ考える人が多い。

SNSのの投稿を見ても、意味がない!(私のブログも見たらわかるだろう!)

 

行動量が多い方が、生産を生む可能性が上がり、需要あるものを生み出せるかもしれない。

すると価値を生み、お金が発生する。であれば、考えずに行動をしている方がマシ。

小さな約束を果たせ、根拠ある自信も手にできる。同時に暇もなくなるから、根拠なき自信状態、もうやるしかない。

 

考える方が人生が豊かになる、幸せになる、楽しめるという根拠はどこにもないので、

むしろ理想卿ばかりを思い描き、何も成せず愚痴を垂らす、ネトウヨや、FBおじさん、論理薄弱なツイッター民になる方が不幸せ極まりないからね。

 

なんか論理的に言うくらいなら、この記事に対して、こいつはバカだ!って記事を1つ書いたほうが頭の訓練にもなるし、記事にもなる。価値はともかく生産的ではありますな。

 

何度も言いますが、暇をなくせば勝手に根拠なき自信は手に入りますからね

 

まとめ

根拠なき自信とは状態で、そんなん暇だから考えちゃうのではないかと言う、個人的な意見でした。

どうしても根拠ない自信を持ちたい方は、ひたすらに行動をするために時間管理をしたり、身近なクリリンを殺してください。

暇をなくすことが重要です。

根拠なき自信は危険性もありますが、さっさとやって失敗を体で覚えて、粉砕骨折して立ち上がれなくなるべきではないかと1ミリくらい思います。

言葉で言ってもわからんバカ(私のような)は根拠なき自信で突き進み、痛みを受けて、直感と論理を肌で感じ、経験を蓄積していくのに限ります。

ま!もしも失敗しても一切責任はとりませんけどね!

おしまい

 

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